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関東神社巡り 近所の神社1

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地元、近所の神社を巡るのもいい メジャーな神社巡りばっかりだとミーハーがすぎるので、時には小さな地元の神社にも参拝をする まずは諏訪神社 由緒書もない無人の神社だ 諏訪神社というくらいだから、建御名方命がお祀りされているのだろう でも、神社の千木を見ると... 内削ぎ、いわゆる女神を祀る形式になっている お祀りされているのは建御名方命の妃神にあたる八坂刀売神だろうか?とはいえ千木の形式は絶対的なものではないらしいので、これを建築した方にそこまでの意識がなかったのかもしれない お次は熊野神社 この熊野神社ではお祀りされているのが、速玉男神、泉事解男命、意冨加牟都美命 とくに 意冨加牟都美命は東京で唯一ここで祀られているらしい 鳥居脇には廃寺となった別当寺熊慶寺にゆかりのある地蔵尊と庚申塔がある また、ここには鎌倉街道に設けられた木柵の関と伝えられる参道脇の「霞ノ関南木戸柵跡」がある 多摩ニュータウンと言いつつ、多摩市には意外に歴史があるのが面白かったりする

安田記念を予想する 2024

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先週はボロボロだったが、どうにかこの安田記念で流れを変えたい というのも、このレースは今のところ毎年的中させている 天候も悪く不透明ではあるが、ここはしっかり当てていきたい ということで、予想 迷いに迷ったが、武豊、モレイラ、川田を軸にして馬券を狙っていきたい 難しい馬場だからこそ騎手の腕が光るだろう ⑦ロマンチックウォリアー、⑫フィアスプライド、⑬ステラヴェローチェあたりも気になる しっかり獲って宝塚記念に臨みたい

関東神社巡り 忌部の足跡1

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南房総の神社巡りは、阿波忌部の痕跡を巡る旅でもある 阿波を開拓した忌部一族がさらなる繁栄を求めて、この房総半島に上陸し、土地を開拓したと言われている 千葉の最南端のこの地は四国の阿波(あわ)にちなんで同じ名称の安房(あわ)だ また忌部一族が房総全域を開拓し、その地が麻がふさふさに育つことから総国(ふさこく)となり、時代が下って上総(かずさ)、下総(しもうさ)、安房(あわ)と別れた 安房の房の字もふさなので、統一された名称ということがわかる そんな天富命率いる忌部一族が最初に上陸したといわれるのが駒ヶ崎神社だ 神社にはとくに由緒書らしきものはない 神社というよりは祠といった感じ 鳥居越しに太平洋を見る 黒潮に乗って阿波からこの地に上陸したのだろうか 伊豆半島や伊豆大島にも忌部の足跡があるようなので、いずれそちらにも行ってみたい 駒ヶ崎神社からちょっと上がったところにあるのは布良崎神社 鳥居の真正面に富士が見える この布良崎神社の由緒書には、5世紀に御祭神である天富命が四国の忌部族を率いて上陸したとあるが、神武天皇の勅命とあるため皇紀2600年とは矛盾してしまう 個人的には皇紀2600年というのはファンタジーと思っているので、納得できる部分もある 男神山と女神山? 天富命は天布刀玉命の孫にあたる 天布刀玉命は天孫降臨の際、瓊瓊杵神に従い随伴した神のひとりで、天児屋根神(中臣氏、藤原氏の祖神)とともに祭祀を司る神とされる その天布刀玉命に従ったとされる神は天日鷲命、手置帆負命、彦狭知命、櫛明玉命、天目一箇命の五神 阿波忌部の祖神は天日鷲命となっており、天富命は天布刀玉命直系であることから、主従関係、上下関係も明白だ 天富命は阿波忌部(天日鷲命)ということではない また、天富命は讃岐忌部(手置帆負命)や紀伊忌部(彦狭知命)も率いていた事が他の神社伝承からもわかっているので、イコール忌部ということではない だが、忌部というのは祭祀を司る部民であるため、天布刀玉命に連なる人々は共通の信仰(神道)を基盤としていたことがわかる 祭祀を司る部民だとは言え、やっていることは祭祀だけでなく、農業、漁業、建築土木などにも通じていたため、神武天皇(ヤマト王権)からの信任も厚く、東国開拓を任されたのだろう と、なると神話における建御雷神、布都御魂の東征神話との関連性はどうなるのだろうか ますま

日本ダービー(東京優駿)を予想する ついでに目黒記念も 2024

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久しぶりに競馬予想 どうも今年は競馬は不調だったせいもあって、競馬予想する気が失せていた が、ヴィクトリアマイルでようやくツキが戻ってきた感がある オークスもトリガミだったが的中した ちょっと前まではかすりもしないパターンが続いていた事を考えると、確実にツキは戻っている感がある ということで、予想 まず日本ダービー 皐月賞の上位馬が圧倒的に強い 単穴として東京に強いダノンエアズロック ③ジューンテイクはそろそろ金星挙げそう 青葉賞上位馬の⑪シュガークン、⑰ショウナンラプンタも無視はできない これ以外だと②レガレイラはルメールで人気先行という感じだが紐で買っておく ⑧アーバンシックは侮れない脚を持っている ⑬シンエンペラーはシルバーまたはブロンズコレクターなので、馬券に絡んでもおかしくはない そして目黒記念 川田、池添のワンツーで決まると予想 ④クロミナンス、⑧マイネルウィルトス、⑨シュトルーヴェあたりも怪しい 穴は⑫ケイアイサンデラあたりだろうか

Z6III....出たら買うかどうか迷っている

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Z6IIIの噂がチラホラ出てきた No, the Nikon Z6 III will not be announced within two weeks ただ、Nikon Rumorsの情報によると登場はまだまだ先だという 現在はZ9とZfの2台体制 正直言ってこの2台の出来が良すぎて、もうカメラ要らないなと思っている かと言って不満がないわけではない Zfは操作感に難あり、マニュアル操作は楽しいが、毎度毎度は面倒だなと思うこともしばしば Z9は高感度ノイズが気になる 暗い室内でのノイズはキチンとノイズ処理をしないと厳しい ノイズ処理なし ノイズ処理あり スポーツ写真で大量に処理をする場合、いちいちノイズ処理するのは面倒くさい JPEG撮って出しでさっさと処理したいので、ノイズが少ないに越したことはない でもそれぞれの欠点は他の要素で補って余りある性能がカバーする やはりZ6IIIを買いたいという気持ちは薄れてしまう 仮に買うとするならどちらかを下取りにするだろう(正直言って3台も要らない)

関東神社巡り 横須賀の神々4

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願いが叶うという叶神社 乃木坂工事中の中でヒット祈願として訪れていた神社であることは知っていたが、乃木坂46ファンだからと言って別に聖地巡礼として参拝したわけではない 叶神社は東西に分かれている 元々江戸時代に浦賀を東西に分けた時に、これまでどおり同じ神徳をと願った住民の願いによって東側にも分霊を行ったとのことだ したがって、西側の叶神社が元宮であったということになる まずは東の叶神社 こちらの奥ノ院には幕末に勝海舟が咸臨丸で米国出航前に断食修行をした場所が残っている 長い長い階段を上った先に奥宮がある 神明社 東照宮 奥ノ院(本殿) 奥ノ院全体がやけにひっそりとしているのは幕府側の神社とされたからだろうか ただ元々叶神社自体は石清水八幡宮から勧請された神社ということで、御祭神は誉田別尊(応神天皇)となっている 八幡神社でないのは不自然な気がする 続いて西側の叶神社 こちらが叶神社の元宮となる こちらの神社の方は寺っぽいので、そばにある東福寺と習合された影響だろうと思われる この神社を建立したのも分覚上人という僧侶なので、当然と言えば当然か 叶大明神となっている 摂社で祀られている御祭神で面白いものが見つかった 大鷲神社があり、天日鷲命が祀られているのだが、これが元鎮守ということだ ここにも忌部氏の痕跡があった だが、日本武尊が前面に出ている事から、海南神社と同じように忌部系の祭神は薄められた可能性が考えられる だが、由緒にはそのようなことは何も記述はない 叶神社は両方とも海岸線に近いことから、かなり古くから存在し、元々は違う御祭神が祀られていたのだろう それにしても日本武尊とはいったい何者だろう?ヒーローなのか、侵略者なのかという疑問が沸々と湧いてきた 参考) 叶神社

関東神社巡り 横須賀の神々3

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以前(2009年)自転車であちこち走り回っていた頃、走水神社の神職者さんの行列を見かけた 撮影はE-520 + 12-60mm F2.8-4 当時はあまり神社というものに興味は無かったのだが、この光景がやけに心刻まれていた 時は流れて2024年、古代史散策と神社巡りが趣味となり、再び走水神社に行った 走水神社は創建年代は不明 御祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)と御后の弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)の二柱だ  日本武尊の東征のため、房総半島に渡る足がかりの地となる横須賀、そして走水神社 古代東海道はここから海を渡り、房総へ向かうということらしい 房総へ渡る時に暴風雨にあい、それを鎮めるために犠牲となった弟橘媛命 その伝説はここ横須賀だけでなく対岸である房総側にも多くある 何しろ木更津や君津の地名の由来も日本武尊が弟橘媛命を偲んで、「キミサラズ」が訛ったという話もある 奥ノ院に行くと面白い摂社があった 古代稲荷社ということらしい このかたちの稲荷社は見たことがない 向かって左から諏訪社(タケミナカタ)、神明社(アマテラス)、須賀社(スサノオ) 多分ここが元宮なのだろうと思ったが、国津神であるタケミナカタが祀られているというのは若干違和感がある 高台にあることからこの地は昔から津波や高波からの避難地であったと感じた 井戸も存在することから、水も豊富な場所であったことから、ここは日本武尊が来る前から地域住民が集まる重要な拠点だったと感じた ここ走水神社には河童も祀られている 河童たちは散々いたずらして住民たちを困らせてきたが、大津波の時に罪滅ぼしということで、住民達を守るために河童達は奔走したが、虚しくも河童達はみな滅びてしまったという綺麗な伝説だ 奥にあるのが水神社 河童が祀ってある 正直言って怪しい伝説だなと感じた 多分河童は多分泳ぎの達者な漁業に精通した元からいた先住民、または先に開拓した人々のことだと思う ヤマト政権側の入植者達は先住民を滅ぼしたのだろう そういう意味ではこの伝説は怨霊信仰のひとつではないかと感じた  そういえば以前トレッキング趣味で奥多摩や丹沢に行くとやたら日本武尊の名前も見かけた 御岳山をはじめ奥多摩、奥